岡山地方裁判所 昭和43年(ワ)193号 判決 1970年4月22日
原告
万代美都留
ほか五名
被告
広畑一夫
ほか二名
主文
被告らは各自原告万代美都留に対し金一三三万三、三三三円、同万代充俊、同万代宏正、同小川美子、同船岳清子、同東和子に対し各金六三万三、三三三円および右各金員に対する昭和四二年五月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを四分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
この判決の第一項は、かりに執行することができる。
事実
第一、当事者双方の申立
(原告)
被告らは各自原告万代美都留に対し金一九四万五、〇〇〇円、原告万代充俊、同万代宏正、同小川美子、同船岳清子、同東和子に対し各金八七万八、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四二年五月一四日から支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
(被告)
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
第二、請求の原因
一、事故の発生
昭和四二年五月八日午後九時一〇分頃、万代太路夫は第一種原動機付自転車ラビットスクーター五〇CC(被害車両ともいう)を運転し、岡山市小原町一〇四番地先国道を清輝橋交差点に向い北進していたところ、その前方左側を同一方向に進行していた被告山本裕之運転の二トン積み普通貨物自動車(加害車両ともいう)が、右交差点の手前で折り返えし南進しようとして急に被害車両の進路前方に右折したため、被害車両の前車輪が加害車両の右側面に衝突し、その反動で太路夫は路上に投げ出され、頭蓋骨および頭蓋底骨折の傷害をうけ、同月一三日川崎病院において死亡した。
二、責任原因
(一) 被告広畑哲男は加害車両を所有し、父である被告広畑一夫と一体となつて経営している農業のため農業用機械等の運搬の用に供している者である。
(二) 被告一夫は被告哲男の協力で農業を経営するほか広畑運送店の名称で運送業を営む者である。加害車両は右農業経営のため購入使用されているもので、その代金はもちろん運行のための必要経費はすべて農業収入から支出されているから、被告一夫は被告哲男とともに加害車両の運行を支配し運行の利益を享受する地位にあるということができる。そうでないとしても、被告山本は被告一夫に雇われた自動車運転手であり、本件はその業務執行に関連する事故である。
(三) 本件事故は、被告山本が右折にあたり、自車の右側ないし右側後方を進行する車両の有無に注意し進路の安全を確認することを怠り、同乗者と雑談しながら漫然右折した過失によつて生じた。
(四) よつて、被告一夫は運行供用者若しくは使用者として、同哲男は運行供用者として、被告山本は直接の行為者として、それぞれ、本件事故より生した後記損害を賠償する義務がある。
三、損害
(一) 亡太路夫の損害
(1) 逸失利益 三三三万六、〇〇〇円
太路夫は死亡当時満六一歳の健康な男子であつて、寿司屋魚勝に雇われ経理全般を担当し、月収五万九、四〇〇円をうけていた。そして、同人の生活費は月額二万円ないし二万五、〇〇〇円であつたから、控え目な計算による同人の年間純利益は四二万円を下らないところ、その担当業務と健康から見てなお一〇年間働いて右程度の収入を挙げることができたというべきであり、これを一時に請求するためホフマン式計算方法により年五分の中間利息を差引き計算すると前記額となる。
(2) 慰謝料 一〇〇万円
五日間の重傷の苦痛を経て死亡した太路夫自身の精神的苦痛に対する慰謝料相当額である。
(3) 原告美都留は亡太路夫の妻、その余の原告らはその子であつて、相続分に応じ亡太路夫の右賠償請求権を相続により取得した。
(二) 原告美都留固有の慰謝料 一〇〇万円
その余の原告ら固有の慰謝料 各五〇万円
永年つれそい苦労を共にしてきた最愛の夫を失つた妻、敬愛する父を失つた子らの精神的苦痛に対する慰謝料として相当な額である。
(三) 以上の計算によると、損害額は原告美都留につき二四四万五、〇〇〇円、その他の原告につき各一〇七万八、〇〇〇円となるところ、原告らは本件事故による自賠責保険の保険金一五一万四、四八〇円の支払をうけたから、その内一万四、四八〇円は本訴で請求していない治療費の支払に充当し、残額一五〇万円を相続分に応じ、原告美都留につき五〇万円、その他の原告につき各二〇万円あて、前記損害にそれぞれ充当控除する。
四、以上の次第で、被告らに対し、原告美都留は一九四万五、〇〇〇円、その余の原告らは各八七万八、〇〇〇円とこれらに対する太路夫死亡の翌日である同四二年五月一四日から支払のすむまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、請求原因に対する被告の認否
(被告一夫、同哲男関係)
一、請求原因一の事実中加害車両が被害車両の左前方から被害車両の進路前方に右折したことを否認し、その余は認める。
二、同二の事実中加害車両が被告哲男の所有であること、被告山本が被告一夫経営の運送店所属の運転手であつたことを認め、その余は否認する。加害車両は被告哲男が農業用に買入れ使用しているもので、被告一夫の運送業務とは無関係である。
三、同三の事実中太路夫の年令が原告主張のとおりであることは認める。原告らと太路夫との身分関係は不知、その余は否認する。
(被告山本関係)
一、請求原因一の事実中、原告主張の日時、場所で被告山本運転の加害車両と被害車両と衝突し、右事故による負傷により太路夫が死亡したことを認め、その余は否認する。
二、同二の(三)の事実は否認する。本件事故は太路夫の過失によつて生じたものである。
三、同三の事実中原告らと太路夫の身分関係を認め、その余は否認する。
第四、被告一夫、同哲男の抗弁
一、本件事故は被告山本が終業後私用のため無断で持出し運転中生じたものであるから、被告らの加害車両に対する運行支配は失われていた。
二、本件事故は亡太路夫の一方的過失により生じたもので、被告山本は無過失である。
すなわち、本件現場の道路は三つの通行区分帯が設けられていて、被告山本は加害車両を運転し衝突地点の約二七メートル手前から右折の信号を出し、徐行しつつ道路中央に寄りユーターンを始めつつあつたとき、亡太路夫運転の被害車両が第三通行帯を高速度で進行して加害車両の後部に衝突したものである。右事実によれば、亡太路夫は第一通行帯を進行すべきであるのに第三通行帯を進行したばかりでなく、前方注視を怠り右折の信号を無視し、かつ必要な車間距離をとらないで高速で進行した重大な過失があり、右過失がもつぱら本件事故を生じさせたということができる。若しそうでないとすれば、被害車両に重大なブレーキの故障があつたのにこれを看過して運転した過失があるというほかない。
三、かりに被告山本にもいくらかの過失があるとすれば、右被害者の過失は損害額の算定につき十分考慮されるべきである。
四、原告らは、本件事故により、自賠責保険の保険金一五一万四、四八〇円を受領しているほか被告哲男らから葬儀費用として七万〇、〇六三円、香典五、〇〇〇円の支払をうけているので損益相殺されるべきである。
第五、抗弁に対する原告らの認否
一、抗弁一の事実は否認する。被告山本は終業後下宿を探しにゆく目的で、被告哲男らから加害車両を一時借りうけ運転中本件事故を起したものである。そして、加害車両は運送店所属の営業車が不足する場合応援に提供され運送業務に使用されており、被告山本はこれまでに加害車両を運転して運送業務に従事し、ときにはこれを運転して農業を手伝うこともあつたくらいであるから、事故当時被告哲男はもちろん同一夫の加害車両に対する支配がなおおよんでいた。
二、抗弁二の事実は争う。加害車両はその右端が道路中央線より左方約三・三メートルの部分を北進し、後続の被害車両は同交差点で右折し帰宅するため加害車両と道路中央線との中間付近に漸次寄りながら加害車両の右後方ないし右側を進行していたところ、加害車両が交差点の約二〇メートル手前で突如被害車両の進路前方に右折して立ちふさがつたため、これを避けることができなかつたものである。被告山本があらかじめ右折信号の合図を出していたとしても、本件現場付近の道路は著名な交通渋滞個所であるから、後続車両にとつて、このような場所での右折信号は交差点における右折または進路変更と考えるのが普通であり、交差点のすぐ手前で道路を横断するようなことは通常予想しがたいことである。したがつて、亡太路夫に運転上の過失はありえない。
三、抗弁三記載の金員を原告らが受領したことは認める。ただし、保険金のうち一万四、四八〇円は原告らが支出した太路夫の治療費として支給されたものであり、葬儀費用として受領した七万〇、〇六三円とともに本訴請求外で損益相殺ずみであり、また香典は損益相殺の対象とならない性質のものである。
第六、証拠方法〔略〕
理由
一、昭和四二年五月八日午後九時一〇分頃原告主張の場所で、亡太路夫運転の被害車両の前車輪と被告山本運転の加害車両の右側面が衝突し、その反動で太路夫は路上に転倒し、よつて同月一三日川崎病院において頭蓋骨骨折等により死亡したことは当事者間に争いがない。
二、〔証拠略〕によると、本件現場は岡山市清輝橋交差点南方約二〇メートルの国道三〇号線上であつて、現場付近の道路は幅員一二メートルの車道の両側の幅員三メートルの歩道があり、車道は中央線により左右に画され、そのおのおのに白線による二本の車線境界線が設けられている交通ひん繁な場所であること、被告山本は国道三〇号線を清輝橋交差点に向い時速約三〇キロメートルで北進中、同道路を反転して引返す気になつたがいわゆるユーターンはむつかしいと思われたので、同交差点南詰から約二〇メートル手前にある西側に入る路地にいつたん後退したうえあらためて方向転換(いわゆるスイッチターン)しようと考え、同交差点の南方約五〇メートルの地点から方向指示器により右折の合図をしながら、左側車道のほぼ中央付近を約二八メートル直進して前記西側路地入口前付近に達し、右前部バックミラーにより右後方を一応見ただけで後続車両の有無を十分確認することなく、時速約一五キロメートルで急にハンドルを右に切り三ないし四メートル前進し車両前部が道路中央線あたりまで進出し、折りから加害車両の右側または右側後方を直進してきていた被害車両の進路に立ちふさがる状態となつたため、被告車両はこれを避けることができずそのまま衝突を見たことを認めることができる。〔証拠略〕中右認定に反する部分は俄かに信用できず、他に右認定を左右する証拠はない。右事実によると、被告山本が右折をはじめた場所は交差点の南詰から僅か二〇メートル前後の地点であり、かつその付近には道路の右側に入る路地などなかつた(前記甲第七号証により認められる)から、たとい方向指示器により右折の合図がなされていたとしても、後続車両の運転者としては、先行車が交差点において右折するものであつて交差点の手前で右折するなどとは考えないのが普通である。したがつて、かような場所でいわゆるスイッチターンによる転回をしようとする被告山本としては、左右および後方を進行する他の車両の有無およびその動静を一段と確認し、なるべく道路の左側により他の車両の交通を妨げない方法で路地に後退するなどして追突等の事故を防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、右前部バックミラーをちらと見たのみで漫然右側を後続する車両はないものと軽信し、道路左側の中央からそのまま右にハンドルをきり進行した過失があるといわなければならない。
もつとも、前記事実関係によると、亡太路夫としても、先行する加害車両が方向指示器により右折の合図をしているのであるから、通常交差点のすぐ手前で右折転回するようなことはないと考えられるにせよ、絶えず加害車両の動静に注意し、適当な車間距離を保ち、あるいは加害車両の左側を通行するなどして、加害車両との衝突を防止すべき注意義務があるのにこれを怠り漫然右後方ないし右側面を進行した過失があるといわざるをえないが、その過失の程度は被告山本の過失の程度に比し極めて小さいというべきである。
なお、被告一夫、同哲男は亡太路夫に重大な過失の存する根拠の一つとして、原付自転車に塔乗していた同人が本件事故現場に設置されていた三本の通行区分帯中左端の第一通行帯を進行すべきであるのに(道交法二〇条一、三項、同法施行令一〇条一項二号)右端の第三通行帯を進行した旨主張するが、〔証拠略〕によれば本件事故現場に設けられている前記二本の白線は岡山県公安委員会が正式の車両通行帯として設置したものではなく、道路管理者たる建設省岡山国道工事事務所が通行車両の便宜を考慮して設けた事実上の車両境界線に過ぎないことが認められるから、両被告の主張はその前提を欠き理由がないものというべきである。
三、被告哲男が加害車両を所有し農業経営のため運行の用に供していること、被告山本が被告一夫経営の運送店に運転手として雇われ働いていたことは当事者間に争いがない。そして、〔証拠略〕によれば、被告一夫は古くから児島郡藤田村で農業を営むかたわら、同三八年六月頃から小型貨物自動車運送事業の免許をうけ運送店を経営しており、農業経営は二男である被告哲男を、運送店経営は三男弘史を協力者ないし後継者として担当させているが、今なお実権を同人らに委ねてはいないこと、加害車両の購入代金はもちろんその後のガソリン代その他の必要経費はすべて農業収入から支出されていること、運送店の車両が出払い、急の仕事に間に合わないときなどには加害車両を運送営業に使用し、農業の手の足りないときなどには被告山本ら運送店従業員が加害車両を運転し加勢していたことを認めることができる。〔証拠略〕中、右認定に反する部分は容易に信用できず、他にこれをくつがえすに足る証拠はない。右事実によると、被告一夫もまた被告哲男とともに加害車両の運行を支配し、かつ運行による利益を受ける地位にあつたということができる。
ところで、被告一夫、同哲男は被告山本は加害車両を無断で持出し私用のため運転していたから、事故当時被告らは加害車両の運行支配を失つていたと主張するけれども、これを認めうる証拠は何もなく、〔証拠略〕によると、被告山本は事故のとき、岡山市内に下宿を探しにゆくため、被告哲男および広畑弘史の許しをうけて短時間借りうけ運転していたことが認められる。このように、車両の保有者と密接な関係にある者が私用のため一時貸与をうけて運転する場合には、その車両に対する保有者の運行支配はなお失われていないというべきであるから、右抗弁は理由がない。
してみると、被告一夫、同哲男はそれぞれ自賠法第三条に基づき、被告山本は民法第七〇九条に基づき本件事故により生じた後記損害を賠償する義務がある。
四、亡太路夫が死亡のとき満六一歳であつたことは被告一夫、同哲男との間に争いがなく、被告山本との間においては、〔証拠略〕によりこれを認めることができる。そして、〔証拠略〕によると、亡太路夫は同三二年頃以来、寿司屋魚勝に専務として勤務し事故当時月額五万九、四〇〇円(年額六九万二、八〇〇円)の給与をうけていて、極めて健康であつたことが認められるから、その職務の内容からしてなお一〇年間(第一一回生命表によると平均余命一四・一七年)働いて少くとも右程度の収入をあげることができると見るのが相当である。そして、その間に要する生活費を証人東活義の証言(第一回)により認められる太路夫の年令、家族、生活程度から見て収入額の四割程度として右収入額から控除すると、太路夫の年間に得べかりし利益は控え目に見て原告ら主張の四二万円を下らないということができる。
これを死亡時に一時に請求するものとして、年ごと複式ホフマン計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は三三三万六、八七九円(円位以下四捨五入)となるところ、前記亡太路夫の過失を考慮し約一割を減じた三〇〇万円をもつて逸失利益と認める。さらに、前記認定の本件事故の態様、双方の過失の程度その他の諸事情を考え合わせると亡太路夫が本件事故によりうけた精神的苦痛に対し金一〇〇万円を支払い慰謝するのが相当である。
そして、〔証拠略〕によると、原告美都留は亡太路夫の妻、その余の原告らはいずれもその子として、それぞれ相続分に応じ亡太路夫の右債権を相続したことが認められる。
五、さらに、原告らが近親者として、夫であり父である太路夫の不慮の死により甚大な精神的苦痛をこうむつたことは察するに余りがあり、これを慰謝すべき慰謝料の額は前記諸事情を考慮し、原告美都留につき五〇万円、その余の原告らにつき各三〇万円とするのが相当である。
六、よつて、原告美都留は合計一八三万三、三三三円(円位未満四捨五入)、その余の原告らは各八三万三、三三三円(円位未満四捨五入)の賠償請求権を有するところ、原告らの自認する自賠責保険からの給付金一五〇万円を原告ら主張のとおり原告美都留につき五〇万円、その余の原告らにつき各二〇万円をそれぞれ右債権に充当すると、残額は原告美都留につき一三三万三、三三三円、その他の原告らにつき各六三万三、三三三円となる。なお、被告一夫、同哲男は原告らは右のほかに、右保険から一万四、四八〇円、被告哲男らから葬儀費七万〇、〇六三円、香典五、〇〇〇円を受領している旨主張し、原告らの認めるところである。しかし、〔証拠略〕によると、右保険給付金および葬儀費は、本訴請求外において、原告美都留が支払つた亡太路夫の治療費ならびに葬儀費に充当ずみであることが認められるから重ねて充当する必要のないものであり、香典はその性質上損害のてん補にあてられるべきものでないから、この点に関する右被告らの主張は理由がない。
七、以上の次第で、被告らに対する本訴請求は、原告美都留につき一三三万三、三三三円、その余の原告らにつき各六三万三、三三三円および右各金員に対する太路夫死亡の翌日である同四二年五月一四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、民事訴訟法第九二条第一九六条により主文のとおり判決する。
(裁判官 五十部一夫 東孝行 大沼容之)